選ばなかった人生が気になる|後悔を抱えたまま、今を生きる
昔の知人が、長く続けてきた仕事について話していた。
自分も、かつて興味を持っていた仕事だった。
あのとき、あちらを選んでいたら。
話を聞きながら、今とは違う自分を思い浮かべる。
別の会社に入っていたら。あの町に住んでいたら。好きだったことを、もう少し続けていたら。
普段は忘れているのに、何かのきっかけで、選ばなかった道が気になることがある。
今の暮らしが、すべて嫌になったわけではない。大切な人もいる。ここまで続けてきた仕事にも、自分なりの思いがある。
それでも、違う道へ進んだ自分を、ときどき考えてしまう。
そんな気持ちを、今の人生に満足していない証拠だと決めなくてもいい。
一つの道を歩いてきたからこそ、歩かなかった道が残っている。そのことと、どう付き合っていけるだろうか。
1.選ばなかった道は、ときどき近くに現れる
昔、応募しようか迷った会社の名前を見かける。
留学先の候補にしていた町が、テレビに映る。やめてしまった楽器の音が、店の中で流れてくる。
もう気にしていないと思っていたことが、急に近くなる。
あのとき続けていれば、今はどのくらいできただろう。別の場所で暮らしていたら、誰と知り合っていただろう。
考えても答えは出ないとわかっている。それでも、少し立ち止まってしまう。
年齢を重ねると、同じ条件では選び直せないことも増えてくる。
当時の人は、もうそこにいないかもしれない。時間も、体力も、引き受けているものも変わっている。
だからこそ、選ばなかった道が、以前より気になることもあるのだろう。
「今さら考えても仕方がない」と、すぐに話を終わらせなくてもいい。
その道に何を期待していたのか。今も、何が気になるのか。
過去の答えは変えられなくても、今の自分の気持ちは、少し知ることができる。
2.別の人生には、見えていない普通の日がある
選ばなかった道を思い浮かべるとき、よい場面ばかりが見えることがある。
好きな仕事に打ち込む自分。知らない町で暮らす自分。今より自由に時間を使っている自分。
一方で、今の暮らしについては、細かいところまで知っている。
朝の混んだ電車。気の重い打ち合わせ。片づかない家の用事。思うように残らないお金。
その二つを並べると、別の道のほうが、ずっとよく見えてしまう。
でも、あちらにも普通の朝があり、面倒な用事があり、気の合わない人がいたかもしれない。
好きな仕事でも、続けるうちに負担はあっただろう。憧れた町にも、自分がまだ知らない暮らしにくさはあるだろう。
だから、今の道のほうが正しかったと言いたいわけではない。
別の選択のほうが、自分に合っていた可能性もある。それは、もう確かめられないことも多い。
ただ、よく知っている毎日と、よい場面だけを思い浮かべた人生を、そのまま比べなくてもいい。
あちらの人生にも、選ばなかった道を思う夜があったはずだ。
3.今を大切にしながら、別の道を惜しんでもいい
過去を振り返るとき、「あの選択でよかった」と言えたほうが、落ち着く。
今の仕事に出会えた。大切な人と知り合えた。あの経験が、今につながっている。
そう思えることは、あるだろう。
でも、すべての選択に、よい意味を見つけられるとは限らない。
怖くなって、やめてしまった。周りの期待に合わせた。自分の希望を、十分に考えないまま決めた。
振り返ると、やはり残念だと思うこともある。
その気持ちまで、「今につながったからよかった」とまとめなくてもいい。
当時の自分には、わからなかったことがある。使えるお金や時間も、相談できる相手も、今とは違っていた。
だからといって、後悔が消えるわけではない。それでも、今わかっていることを全部持って、当時の自分を責め続けなくてもいい。
今の暮らしを大切にしていることと、別の道を惜しむ気持ちは、同時にあっていい。
今そばにいる人を大切に思う。続けてきた仕事に、愛着もある。
それでも、ときどき違う人生を思い浮かべる。
どちらかだけを、本当の気持ちに決めなくてもいい。
4.その道の、何が今も気になるのだろう

昔なりたかった仕事に、今から就きたいかと聞かれると、少し迷う。
当時と同じ働き方は、今の暮らしには合わないかもしれない。仕事内容を知るほど、憧れとは違うところも見えてくる。
それでも気になるなら、何にひかれているのかを、もう少し見てみよう。
自分の手で何かをつくること。知らない土地で暮らすこと。一つの分野を、時間をかけて学ぶこと。
職業の名前や、場所そのものより、その中にあった時間を求めていることもある。
例えば、絵を仕事にしたかった気持ちの中に、描く時間をもっと持ちたかったという希望がある。
海外で暮らしたかった気持ちの中に、今までの役割を離れ、知らない場所で過ごしてみたいという願いがある。
そう気づいても、すぐに何かを始めなくていい。
ただ、昔の夢という大きなまとまりから、今も大切にしたいものを分けてみる。
その中には、今の暮らしにも置けるものがあるかもしれない。
仕事を全部変えなくても、週に一度、描く時間を持つ。移住を決める前に、その町で数日を過ごしてみる。学びたかったことの本を、一冊開く。
それは、当時の人生を取り戻すこととは違う。
今の自分が、今も気になるものに触れてみる時間になる。
5.戻らないものまで、何かで埋めなくていい
今から触れ直せるものもあれば、もう戻らないものもある。
あの人と過ごせたはずの時間。特定の場所で、同じ年齢の仲間と取り組む機会。当時だからこそ、選べた道。
似たことはできても、同じ時間には戻れない。
それを、「今からでも遅くない」という言葉だけで片づけるのは、少し違う気がする。
遅くなったこともある。かなわなくなったこともある。その寂しさは、すこし残る。
でも、残った気持ちを、全部解消してからでなければ、今を暮らせないわけではない。
思い出す日がある。しばらく気にならない日もある。何年かたって、以前とは違う受け止め方になることもある。
後悔に、今日中の結論を出さなくてもいい。
新しい目標で埋めようとしなくても、自分の弱さを直す課題にしなくてもいい。
あの道を歩いてみたかった。その気持ちが、まだある。
今日は、そこまでわかったところで、日々のことに戻ってもいい。
あの頃、気になっていた本を開く
本棚の奥に、昔買ったままの本があった。
いつか勉強しようと思っていた分野の本だ。仕事が忙しくなり、そのままになっていた。
手に取ると、買った頃のことを少し思い出す。
あのとき読み始めていたら、と考える。
でも、今日は、最初の数ページを読んでみる。
思っていたより難しい。少し古くなった情報もある。それでも、面白いと思うところがあった。
この先、何かにつながるかはわからない。仕事にするつもりも、まだない。
ただ、今も少し知りたいと思っている。
選ばなかった道のことを、もう思い出さなくなるわけではないだろう。
それでも、今、手元にある本は開ける。
しばらく読んで、しおりを挟む。今日は、前より少し先のページに置いた。

