やりたいことがわからない|まだ出会っていない、自分の楽しみ

「仕事を少し減らせたら、何がしたい?」

そう聞かれて、すぐには答えが出なかった。

休みたいとは思う。今より余裕のある暮らしもしたい。

でも、その先で何をしたいかと聞かれると、言葉に詰まる。

これといった趣味がない。昔の夢も、今は少し遠い。人に話せるほど好きなことが、思い浮かばない。

やりたいことがないなら、働き方を変えても仕方がないのだろうか。

そんなふうに、話を元へ戻してしまうこともある。

でも、これからの自分が大切にするものを、今の自分が全部知っている必要はあるのだろうか。

自分の中を探しても、答えが出ないときがある

これまで何が好きだったか。どんなことが得意か。時間を忘れてしまうのは、何をしているときか。

書き出してみると、気づくこともあるだろう。

一方で、考えるほど、同じところを回ってしまうこともある。

よく知っている仕事。以前やったことのある趣味。人から向いていると言われた役割。

今までの自分を材料にしているから、思い浮かぶものにも、ある程度の範囲がある。

それが悪いわけではない。

ただ、まだ出会っていない楽しみや、経験が浅くてよさのわからないものは、その一覧に入りにくい。

考えても見つからない理由が、自分への理解の足りなさだけにあるとは限らないのだと思う。

それに、長く仕事を優先してきた人なら、仕事以外のことに触れる時間そのものが、少なかったのかもしれない。

疲れて帰って、眠って、また働く。空いた時間は、翌週を乗り切るために使う。

そんな暮らしの中で、新しい楽しみが次々に見つからなくても、不思議ではない。

今、何も浮かばないことを、自分の人生が薄かった証拠にしなくていい。単に、まだ確かめる機会がなかったものもあるのだろう。

好きになった理由は、あとからわかることもある

最初に聴いたときは、よくわからなかった音楽がある。

同じような曲に聞こえて、何がよいのかも説明できない。

それでも、好きな人に一曲教えてもらったり、何度か耳にしたりするうちに、気になる音が出てくる。

前には聞き流していたところを、もう一度聴きたくなる。

その楽しさは、初めから自分の中にあったのだろうか。

ずっと隠れていたものを発見することもあるだろう。でも、触れているうちに、楽しみ方そのものを覚えたということもあるはずだ。

好きなことを始めるだけでなく、始めたことで好きになることもある。

そう考えると、最初の自分がはっきり望んでいないことにも、少し場所ができる。

今の自分が、未来の自分の望みを決めきれるだろうか

料理に興味がない人に、料理を楽しむ暮らしのよさを尋ねても、答えるのは難しい。

今は面倒な用事にしか見えないかもしれない。

でも、作れるものが少し増え、材料の違いがわかり、誰かと食べる時間ができると、前とは違う意味を持ち始めることがある。

その人は、昔からあった本当の自分を見つけただけなのだろうか。経験したことで、大切にしたいものが変わったとも考えられる。

将来の暮らしを選ぶとき、今の気持ちは大事な材料になる。

ただ、それだけで未来の楽しさを全部測ろうとすると、今の自分が理解できる範囲から出にくくなる。

今はよさがわからない。それでも、よさを知っている人がいる。

その二つの間に、少し足を置いてみることもできる。初めから確信のあるものだけを選ばなくてもいいのだと思う。

わからないときに、人の好きなものを借りてみる

自分には面白さがわからないけれど、あの人は楽しそうに話す。

そんなものが、身近にないだろうか。

古い建物を見て歩くこと。地域の活動に参加すること。料理の道具を手入れすること。

何が面白いのか、聞いてみる。機会があれば、一度一緒にやってみる。

その人のように好きにならなくてもいい。勧めてもらったからといって、続ける義務もない。

ただ、自分だけでは選ばなかったものに触れると、知らなかった見方を教えてもらえる。

最初は建物の違いなどわからなかったのに、窓や階段の話を聞いたあとでは、同じ道が少し違って見えることがある。

自分の希望がはっきりしないとき、人の楽しみを少し借りるのも、一つの入り方になる。

ただし、楽しんでいる人を見て、自分もそうならなければと思わなくていい。

人を頼りに入口を見つけることと、その人の望む自分になることは違う。

同じ場所に通っていても、面白いと感じるところは違うかもしれない。続けてみて、やはり好きではないとわかることもある。

教えてもらったことへの感謝はあっても、自分の気持ちまで相手に合わせる必要はない。

わからないまま近づけることも、違うと思ったら離れられることも、両方あったほうが安心して試せる。

新しい望みには、今の自分との食い違いもある

気になることを始めると、思っていた以上に戸惑うことがある。

仕事では教える側だったのに、ここでは何もわからない。手順が遅い。初歩的なことを聞くのも、少し恥ずかしい。

楽しいはずなのに、居心地が悪い。

それだけで、向いていないと決めなくてもいい。慣れた役割を離れたことが、落ち着かなさにつながっている場合もある。

もちろん、嫌なことを我慢して続ければ、好きになるという話ではない。

人との相性が悪いこともあるし、費用や体力の負担が大きいこともある。離れたほうがよい場所もある。

ただ、「うまくできない」と「もう触れたくない」は、少し違う。

帰ってから、あの話の続きが気になる。また見てみたいと思う。

そんな小さな関心が残るなら、次に触れる機会を、まだ閉じなくてもよさそうだ。

熱中できるかどうかを、最初の一回で尋ねなくてもいい。

楽しさがわかる前に、基本を覚える時間が必要なものもある。その時間まで、すぐに心が躍るとは限らない。

一方で、合わなかった経験を全部、将来のための学びとまとめる必要もないだろう。

少しお金もかかったし、疲れた。それでも、これを続けたいわけではないとわかった。

そういう終わり方もある。そのたびに、また選び直してよい。

暮らしを全部変える前に、触れられる範囲がある

やりたいことを見つけるために、すぐ仕事を辞める必要はない。

今の収入や、家族の事情を守りながら、使える範囲の時間で触れることもできる。

一日だけの体験に参加する。本を借りる。そこで働いている人の話を聞く。

将来の職業になるか、長く続けられるかまで、一度に確かめなくてもいい。

その場で少し面白かった。もう一度聞いてみたいことができた。

今わかるのが、そこまででもいい。

仕事以外の楽しみを持ちたいと思って始めたことが、仕事への見方を変えることもある。逆に、好きになっても、仕事にはしないと決めることもあるだろう。

経験する前には、まだ決められないことがある。

休むことについても同じだろう。

忙しい今の自分には、仕事のない平日をどう過ごすか、うまく想像できないかもしれない。それでも実際に休む中で、昼間の静けさが好きだと気づくこともある。

働き方を変える理由を、次に取り組む立派な目標だけで用意しなくてもいい。

休む必要があるなら、まず休む。その後に生まれる関心まで、今すぐ提出しなくてよいのだと思う。

先に人生の答えを出してから動く順番だけでなく、少し動いたあとで、自分の望みが変わっていく順番もあるのだと思う。

前には、わからなかった一曲を

先日教えてもらった曲を、家でもう一度かけてみる。

最初に聴いたときは、どこで終わるのかわからず、少し長く感じた曲だった。

今日は、途中から入ってくる楽器の音を待っている。

あの音が好きなのかもしれない。まだ、うまくは説明できない。

やりたいことは何かと聞かれたら、今日も立派には答えられない。

それでも、前には聞き流していたところを、今はもう一度聴きたいと思っている。

曲が終わった。

少し迷ってから、もう一度、最初からかけた。

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