会社を辞めるのがもったいない|積み重ねた年月は、続けなければ無駄になるのか
求人を見ていた画面を閉じると、社内の連絡が届いた。
いつもの相談だった。内容を見れば、何を確かめればよいかわかる。誰に聞けば早いかも、すぐ浮かぶ。
ここまで仕事を覚えるのに、何年もかかった。
ようやく頼られるようになった。人間関係もできた。役職も、給料も、入った頃より上がっている。
今、辞めるのは、もったいない。
その言葉には、惜しむものがいくつも重なっている。一度に結論を出す前に、何を失いたくないのか、少し分けてみたい。
今の条件を惜しむのは、自然なことだ
給料が下がるのは困る。慣れた仕事を離れれば、また一から覚えることがある。休暇の取りやすさや、通勤の便利さも大切だ。
その損失を軽く考えなくていい。
会社を辞める不安を、すべて勇気の足りなさとして扱うのは乱暴だと思う。暮らしは、気持ちだけでは成り立たない。
今の条件を具体的に書き出してみると、残したいものと、あればうれしいものの違いが見える。
収入はいくら必要か。どの程度の通勤なら続けられるか。勤務時間や勤務地に、動かせない条件はあるか。
すると、もったいないの中に、生活を守るための心配があることがわかる。
それは、情報を集め、家計を確かめ、選べる条件を探すことで扱える問題だ。
すぐ辞めなくてもよい。今の会社に残るほうが合う時期もある。損失をきちんと見ることは、後ろ向きな態度ではない。
惜しいのは、条件だけではない
一方で、条件を比べても、まだ気持ちが動かないことがある。
新しい仕事は、収入も悪くない。通勤も短くなる。それでも、今の会社を離れることに引っかかる。
この会社で頑張ってきた、自分のことがあるからだ。
初めて任された仕事。うまくいかずに残った夜。ようやく名前を覚えてもらったこと。苦手だった相手と、一緒に仕事ができるようになった時間。
今の場所には、自分が変わってきた跡がある。
辞めると、その全部を途中で投げ出すように感じる。ここに残っていれば、あの苦労にも、もっと大きな意味がつく気がする。
だから、「過去に使った時間は戻らない」と理屈で言われても、簡単には割り切れない。
惜しいのは、失った時間そのものより、その時間をかけた自分への思いなのだと思う。
今の会社を大切に思う気持ちの中には、そこで生きてきた自分を大切にしたい気持ちもある。
その愛着まで、判断の邪魔だと切り捨てなくてよい。
過去を大切にするために、未来も使い続けるのだろうか
ただ、続ける理由が「ここまでやったから」だけになると、これからの時間の使い道が、過去に決められてしまう。
あと一年続ければ、もっと辞めにくくなる。さらに経験が増え、人に頼られ、引き受けている仕事も多くなるからだ。
頑張るほど、離れるために惜しむものが増える。
そのままでは、いつになっても、これなら辞めてもよいという地点が来ない。
少し考えたいのは、今の経験や条件を持った自分が、今日、この会社を改めて選ぶかということだ。
もちろん、入社前と同じようには考えられない。今ある関係も責任も、実際の大切な条件だ。
それでも、これまで何年いたかを少し横に置くと、今からも引き受けたい仕事なのかが見えやすくなる。
続けたいことがあるなら、残る理由になる。もう望んでいないなら、その事実も無視しなくてよい。
これまでの選択を肯定するために、これからも同じ選択を重ねる必要はない。
当時の自分に合っていた会社が、今の自分にも同じように合うとは限らないからだ。
経験は、その場所に全部置いていくものではない
辞めたら、積み上げたものがなくなる。
そう感じるのは、会社の中でしか見えていない力もあるからだ。
社内の事情を知っていることや、決まった承認の経路に詳しいことは、別の場所ではそのまま使えない。
役職によって聞いてもらえていた話が、肩書きなしでは通らないこともあるだろう。
その現実は、受け止める必要がある。
一方で、仕事が滞ったときに原因を整理すること。相手の話を聞いて、必要な条件を確かめること。手順を人に伝えること。
そうした経験まで、会社に返却するわけではない。
別の環境で使うには、学び直しや調整が要る。前と同じように扱ってもらえる保証もない。それでも、何も持たずに出ていくのとは違う。
何を持ち出せるかを考えるなら、会社の資料ではなく、自分が何を経験し、どんな判断をしてきたかを書いてみる。
長くいた会社の名前だけでは説明できなかった、自分の仕事が見えてくる。
会社への感謝と、残る約束を分ける
育ててもらった人がいる。迷惑をかけたとき、助けてもらったこともある。
そうした人の顔が浮かぶと、自分の都合だけで辞めてよいのかと思う。
ただ、感謝の気持ちに、いつまでという期限がないままでは、働く約束が終えられなくなる。
これまでの仕事でも、返してきたものはあるはずだ。
育ててもらったあと、自分が後輩を教えた。助けてもらったあと、別の誰かの仕事を引き受けた。そうして、お互いに支えてきた。
今後の対応として必要なのは、引き継ぎや、決めた手続きや、果たすべき責任だ。
相手が寂しがること、残念に思うことまで、すべてなくすことではない。
「お世話になりました」と「これからは別の働き方を選びます」は、一緒に伝えられる。
辞めたあと、付き合いが薄くなる人もいるだろう。それで、在職中の協力が偽物だったことにはならない。
ある時期を一緒に働いた。その関係の終わり方として、礼を伝えて離れる形もある。
残るなら、何を残したいかを確かめる
ここまで考えて、今は残ろうと思うこともある。
それも、自分で選んだ答えだ。
ただ、辞めるのがもったいないから残るのと、これから大切にしたいものがあるから残るのとでは、日々の感じ方が違う。
収入を維持して、準備を進める。好きな業務に関わるために、担当を調整する。家族の事情が落ち着くまでは、慣れた環境を使う。
そうした理由を言葉にできると、残ることが、何も決めなかった結果ではなくなる。
次に見直す時期を、自分なりに決めてもよい。条件が変われば、また考え直せる。
残ると決めたから、会社のすべてを好きになる必要はない。辞める可能性を、二度と考えてはいけないわけでもない。
一度の判断で、最後までの約束をしなくていい。
自分が必要としている条件と、今の会社で得られるものを、時おり確かめながら働く。その関わり方にも、十分な誠実さがある。
何もかも失う話に、しなくてよい
辞めるか、残るかを考えるときには、今あるものが全部なくなる場面を想像しやすい。
けれど、一つずつ見ると、違う形で残るものもある。
好きな業務は、別の会社にもある。培った関係の中には、退職後も話せる人がいる。通勤時間が短くなれば、減った収入とは別に、得られる時間もある。
もちろん、戻ってこない条件もある。その損失は、見積もりたい。
全部失うか、全部守るか。その二つだけにすると、一歩も動けなくなる。
何を失い、何を持っていき、何を新しく得たいのか。そうやって分けると、会社を離れることが、人生のやり直し全部を意味するわけではないとわかる。
これまでの続きを、別の場所で生きるという見方もできる。
次の時間を、選ぶために
古い手帳に、入社した頃のメモが残っていた。
今ならすぐわかることが、細かく書かれている。緊張していたことを、少し思い出す。
あの頃の自分は、ここで頑張ろうと思っていた。
その選択を、今になって間違いにする必要はない。ここで覚えたことも、出会った人も、確かにある。
ただ、その先をどう過ごすかは、今日の自分が考えてよい。
手帳を閉じて、明日の予定を見る。
過去を惜しむ気持ちは、まだ残っている。それでも、これからも同じ場所で過ごしたいかという問いには、少し違う答えが浮かんでいる。
その答えを、急いで打ち消さずにおく。
