趣味のSNS発信に疲れたら|誰にも見せない楽しみを持つ
目の前に、温かいお茶とお菓子が運ばれてきた。
写真を一枚撮る。少し暗い気がして、角度を変える。器を寄せて、もう一枚撮る。
どれを載せようかと見比べているうちに、湯気が薄くなっていた。
写真を撮るのも、楽しみの一つだった。きれいなものを見つけたら、誰かに見せたくなる。反応があると、うれしい。
でも、最近は少し疲れる。
出かける前から、何を投稿できるか考えている。楽しく過ごしたはずなのに、反応が少ないと物足りなくなる。
何も載せない休日は、何もしなかったような気がする。
そんな感覚があるなら、自分の楽しみと、発信することの距離を、少し見直してもいい。
SNSをやめると決めなくてもいい。ただ、人に見せる前に、自分がその時間をどう過ごしているかを確かめてみたい。
1.楽しかったかより、どう見えるかが気になっている
せっかく出かけるなら、写真に残せる場所がいい。
新しいことを始めるなら、投稿したときに伝わりやすいものがいい。
そう考えること自体が、悪いわけではない。写真を撮りたくて出かけた先に、好きな場所が見つかることもある。
ただ、自分が楽しめるかどうかより、人からどう見えるかが先に来ると、選ぶものも変わっていく。
本当はいつもの店で食べたいのに、まだ載せたことのない店を探す。家でゆっくりしたいのに、何か予定をつくらないと落ち着かない。
休日まで、近況を報告するための時間になっていないだろうか。
何を投稿すればよいか考えていたら、今日、自分が何をしたいのかわからなくなった。
そんな日は、投稿の題材を探すのを少し休んでみてもいい。
人に話すほどの出来事がなくても、自分が心地よく過ごせた休日はある。
近所を歩いた。本を少し読んだ。眠くなって、昼寝をした。
それをどう伝えるかまで、考えなくていい。
2.見てもらえる喜びが、反応を待つ時間に変わる
好きなものを載せたら、同じものが好きな人から言葉が届いた。
会ったことのない人と話せた。知らなかった場所を教えてもらった。しばらく疎遠だった友人が、声をかけてくれた。
発信していたから、つながれた人もいる。
その喜びは、大切にしていい。
一方で、投稿したあとに、何度も画面を開いてしまうことがある。
誰か見てくれただろうか。前より反応が少ないのは、面白くなかったからだろうか。
昨日までは気に入っていた写真なのに、数字を見たあとで、自信がなくなる。
でも、その数字だけでは、自分が過ごした時間のよさまではわからない。
食事がおいしかったこと。一緒にいた人と笑ったこと。歩いている途中で、空気が涼しくなったこと。
反応が少なくても、そこで感じたことまで小さくなったわけではない。
誰かに見てもらえたらうれしい。その気持ちと、自分がよい時間を過ごしたことは、分けて持っていていい。
3.記録することと、その場にいること
旅先で、景色の写真を何枚も撮った。
帰ってから見直すと、きれいには写っている。でも、どんな場所だったかを思い出そうとすると、少し曖昧だ。
風はあっただろうか。周りには、どんな音がしていただろうか。
画面の中に収めることに気を取られて、顔を上げていた時間が短かったのかもしれない。
もちろん、写真があるから思い出せることもある。忘れていた表情や、そのときの会話が、一枚から戻ってくることもある。
写真を撮らないほうが、よく過ごせると決める必要はない。
ただ、残すことに夢中になったときは、少しだけ手を止めてみる。
カメラを下ろして、もう一度見る。お茶を一口飲んでから、写真を撮る。一緒にいる人の話を、最後まで聞く。
長くその場にいれば、何か深いことを感じられるとは限らない。
それでも、写真には残らないことも、少し受け取れるかもしれない。
いずれ思い出せなくなることもあるだろう。でも、今ここで過ごしている時間まで、全部失われるわけではない。
4.誰も知らなくても、自分の暮らしには残っている

何も投稿しない日が続くと、自分だけ止まっているように感じることがある。
人の近況は、次々と届く。旅行に行った。新しいことを始めた。よい店を見つけた。
それに比べて、自分には報告することがない。
でも、知らせていないだけで、過ごしている毎日はある。
同じ道を歩いていて、花が咲いたことに気づいた。読みかけの本を、数ページ進めた。久しぶりに会った人と、取り留めのない話をした。
どれも、写真や文章にしなかったからといって、なかったことにはならない。
細かいことは忘れてしまうかもしれない。その日の気分を、あとから正確には思い出せないかもしれない。
それでも、そのときは面白かった。少しほっとした。また来たいと思った。
楽しんだことを、いつまでも説明できる形にしておかなくてもいい。
長く続けてきた趣味にも、誰にも見せていない時間があるだろう。
うまくできなかった日のこと。途中でやめてしまったもの。何度も繰り返した、同じ楽しみ。
外からは見えなくても、それも自分の暮らしの一部だ。
5.一つだけ、公開しない楽しみを残してみる
SNSに疲れたからといって、すぐにアカウントを消さなくてもいい。
そこでしか連絡を取っていない人もいる。人の投稿を見るのは好きだということもある。
続けるか、やめるかを決める前に、一つだけ、公開しない楽しみを残してみてもいい。
いつもの店では、食べることだけにする。散歩の途中で撮った写真を、自分の端末に置いておく。作ったものを、人に見せずに使ってみる。
誰かに伝える予定がないと思うと、選び方が少し変わることがある。
見栄えはしないけれど、座っていて落ち着く店に入る。前にも歩いた道を、また歩く。何もつくらずに、材料を眺めて終わる。
その時間を、どう見せようかと考えなくて済む。
あとで話したくなったら、話してもいい。写真を載せたくなったら、載せてもいい。
公開しないことを、新しい約束にしなくてもいい。
今日は見せない。今日は誰かに伝えたい。そのくらいに、自分で選べる余地を残しておきたい。
お茶が温かいうちに、ひと口飲む
席に座ると、いつものお茶が運ばれてきた。
スマートフォンを手に取りかけて、今日はそのままにする。
湯のみを持つと、手のひらが温かい。ひと口飲むと、思ったより熱かった。
窓の外を見ながら、少し待つ。
投稿する写真はない。伝える言葉も、まだ考えていない。
それでも、ここに来てよかったと思う。
誰かと分かち合う楽しさもある。一人で受け取って、そのままにしておく楽しさもある。
すべてを見せなくても、自分の毎日は続いている。
もう一口飲むと、今度はちょうどよい温かさになっていた。

