人の期待に応えるのに疲れた|がっかりさせても、自分の人生を選んでいい
誘いのメッセージに、行けますと返した。
その日は、家で過ごしたいと思っていた。特別な用事があるわけではない。ただ、予定を入れずにいたかった。
断る文章も、途中までは考えていた。
でも、楽しみにしていますという一言を見たら、もう断りにくくなった。
送ったあとで、少し気が重くなる。行くと決めたのは自分なのに、どこかで、また自分の時間がなくなったと思っている。
人の期待に応えたい気持ちは、悪いものではない。
ただ、応えられなかったときの自分を、どう扱っているのかは、ときどき確かめてみたい。
断り方より、断ったあとが怖い
やわらかい断り方は、知っている。
感謝を伝える。難しい事情を簡潔に話す。できることがあれば、別の案を出す。
それでも言えないのは、言葉の選び方だけが問題ではないからだ。
相手が残念そうな顔をする。返事の調子が少し変わる。今までのように誘われなくなる。
そのあとを想像すると、自分の都合は大したことではない気がしてくる。
断ってよい理由を探しても、相手に納得してもらえるほど強いものは見つからない。
病気なら仕方がない。先約があれば断れる。でも、家でゆっくりしたいだけでは弱いと思う。
自分の希望に、相手が反対できない理由まで添えようとすると、選べることが少なくなる。
必要なのは、必ず相手が喜ぶ断り方を見つけることではなく、相手が喜ばないこともあると知っておくことなのだと思う。
期待される自分は、安心できる自分だった
頼られると、うれしい。
自分が役に立っていることがわかるし、相手との関係も確かめられる。困ったときに名前が浮かぶ人でいられたら、居場所も失わずに済む気がする。
そうして、期待に応えることが上手になった。
相手が口にする前に気づく。忙しそうなら先に引き受ける。希望を聞かれたら、みんなが困らない案を答える。
その力で、助かった人もいるだろう。仕事にも、暮らしにも役立ってきた。
ただ、自分の望みを確かめる前に答えることが続くと、あとから自分が何をしたかったかも、わかりにくくなる。
「あなたはどうしたい?」と聞かれても、相手にとってよい答えを探してしまう。
思いやりをなくす必要はない。自分への質問まで、相手の代わりに答えないでいたい。
相手の落胆を、全部自分の責任にしない
断れば、相手は残念に思う。
それ自体は、不自然なことではない。一緒に過ごしたかったり、助けを期待していたりしたのだから、そういう気持ちになることもある。
だからといって、残念にさせた自分が、すぐ悪い人になるわけではない。
自分も、友人に会えなければ残念に思う。けれど、その人が必ず予定を変えるべきだとは限らない。
相手にも、残念な気持ちを持ちながら、別の過ごし方を考える時間がある。
先回りしてその気持ちを全部なくそうとすると、自分が毎回予定を差し出すことになる。
相手を大切にすることと、相手がいつも満足するように整えることは違う。
もちろん、約束を急に変えたなら、謝る必要もある。担当している責任を果たすために、別の対応を考える場面もある。
その責任と、相手の気持ちを一切曇らせない責任を、混ぜないでおきたい。
優しい断り方にも、限界はある
理由を詳しく話せば、わかってもらえると思う。
けれど、説明が増えるほど、その理由を一つずつ解決しようとされることもある。
疲れているなら短時間でよい。お金が気になるならこちらが出す。予定があるなら日を変えよう。
ありがたい申し出であることもある。ただ、本当は参加を望んでいないなら、代案が増えても困ってしまう。
「今回は見送ります。声をかけてくれて、ありがとう」
そのくらいで伝えてもよい。
自分が望まないことについて、相手に否定されないほど立派な理由をつくる必要はない。
何度も押されるなら、同じ返事を短く繰り返していい。それ以上の説明をしないことも、関わり方のひとつだ。
ただし、業務上の指示や契約、育児や介護などの責任は、断る言葉だけで終わらない。何を引き受ける立場にあるか、代わりにどうするかは、具体的に扱いたい。
自分の希望を大切にすることは、その現実を見ないことではない。
選び直すと、関係が変わることもある
断っても、今までどおり接してくれる人がいる。
一方で、少し離れていく人もいる。以前のように頼めないことに、戸惑う人もいるだろう。
自分が変われば、関係も変わる。それが怖くて、元の役割に戻りたくなる。
でも、どの関係も今のまま保つことを条件にすると、自分の生活を変えられなくなる。
以前は、毎回参加できた。今は、回数を減らしたい。以前は、すぐ返事ができた。今は、自分の予定も見てから答えたい。
そうした変化は、誰にでも起こる。
相手がすぐに慣れるとは限らない。それでも、少しずつ新しい付き合い方ができることもある。
無理に続けなくなったことで、会うときには前より落ち着いて話せる関係もある。
疎遠になることがあっても、それまでの時間のすべてが間違いになるわけではない。ある時期の自分たちには、合っていた形だったのだと思う。
引き受けたあとにも、自分の気持ちは見てよい
断れなかった日は、自分が弱かったと思いがちだ。
でも、長く慣れた返事の仕方は、すぐには変わらない。相手に会えば、いつものように笑って答えることもある。
そのたびに責めると、自分の気持ちを見ることまで嫌になる。
まず、引き受けたあとに何が重くなったかを確かめる。
予定が多すぎたのか。自分の意見を言えなかったのか。参加はしたいが、準備までは引き受けたくなかったのか。
全部を断る話ではなく、一部だけ相談できることもある。
行けるけれど、今回は早めに帰りたい。手伝えるけれど、この範囲までにしたい。
気持ちよく引き受けられる範囲を伝えることは、関係を壊すための言葉ではない。
それでも難しければ、次はその場で即答しないと決める。「予定を見て返事します」と一度持ち帰るだけでも、自分の希望を聞く時間ができる。
返事が遅くなったことを、大げさに謝らなくてもよい。自分の予定を確かめる時間も、予定を決めるための一部だからだ。
持ち帰って考えた結果、やはり引き受けたいと思う日もある。その答えも、大切にしてよい。断れた回数を増やすために、人との時間を減らしたいわけではない。自分の希望を一度聞いたうえで返事をする。その順番が、少し戻ってくればよいのだと思う。
自分が、相手をがっかりさせないでほしいと願う日もある
立場が変われば、自分も期待する側になる。
いつも手伝ってくれた人が、今回は難しいと言う。来てくれると思っていた人が、参加しないと返事をする。
理由を聞きたくなるし、少し寂しい。
その気持ちはあってよい。ただ、相手の都合を聞く前に、「前はできたのに」と責めるのは待ってみる。
自分が選び直す余地を持ちたいように、相手にも、以前とは違う返事をする日がある。
残念だと思いながら、「わかった、また今度」と返す。別の人に相談する。予定を変える。
そうして、お互いの期待が、必ず守らなければならない約束にならない関係をつくっていく。
相手が困らないことと、相手が何も調整しなくて済むことも、同じではない。少し予定を考え直すことまで、全部こちらが防がなくてもよいのだと思う。
少しがっかりさせた、そのあとで
次の誘いには、今回は休みたいと返した。
相手からは、残念、また今度、という返事が来た。
残念という文字が気になって、もう一度予定を変えようかと思う。
でも、今日は返事を書き足さない。
相手が残念に思ったことも、自分が家で休みたかったことも、どちらも本当だ。
その二つがあるまま、週末を迎える。
朝は少し遅く起きて、洗濯物を干した。午後の予定は、まだ決めていない。
自分で選んだ時間なのに、少し落ち着かない。その感覚にも、急いで答えを出さずにおく。
お茶を入れて、窓際に座る。
誰かの期待に応えなかった今日にも、自分の暮らしは続いている。
