親と過ごす時間を後回しにしてしまう|「また今度」と思った日に

「今週は忙しいから、また今度」

そう思って、電話をかけるのをやめる。帰省の予定を、もう少し先にする。

急ぎの用事があるわけではない。前に話したときも、変わりないと言っていた。仕事が落ち着いてから、ゆっくり連絡すればいい。

ところが、仕事が落ち着く頃には、別の予定が入っている。

久しぶりに会うと、前より少し歩くのが遅くなっていた。重そうな荷物を持つ姿を見て、いつからだろうと思う。

毎日の中では気づきにくい変化が、離れていた時間の分だけ、目に入ることがある。

もっと会わなければ、と焦るかもしれない。でも、仕事も、自分の暮らしもある。会えば気を使う関係もあるだろう。

ここで考えたいのは、親孝行が足りているかどうかではない。

今の親と、今の自分が、どんな時間を持てるだろうか。

「また今度」と思った日に、そのことを少し考えてみたい。

1.久しぶりに一緒に歩くと、歩幅が違っていた

駅から家までの道を、親と歩く。

いつもの速さで歩いて、少し先に出てしまった。振り返ると、親がゆっくり追いついてくる。

子どもの頃は、こちらが待ってもらっていた道だ。

そんなことを思い出して、歩く速さを緩める。

電話で話しているだけでは、わからないことがある。

前より小さな買い物袋。読みづらそうにしている文字。立ち上がる前の、少し長い間。

反対に、変わらないところもある。

好きなお菓子を見つけると、うれしそうにする。近所の人に会うと、話が長くなる。こちらの帰る時間を、何度も確認する。

年を取った、という言葉だけでは収まらない、今のその人がいる。

心配することと一緒に、今、どんなふうに暮らしているのかにも目を向けてみたい。

何が難しくなったのか。何を楽しみにしているのか。どんなことなら、自分で続けたいと思っているのか。

こちらが先回りして決める前に、本人の話を聞けることもある。

2.用事は済ませても、話を聞いていなかった

帰省すると、やることがいくつもある。

買い物に付き合う。スマートフォンの設定を見る。届いていた書類を確認する。

必要なことを終えると、少し安心する。役に立てたと思う。

ただ、帰り道になって、何の話をしたか思い出せないことがある。

困っていることはないか。次の通院はいつか。あの手続きは済んだか。

確認はした。でも、最近何が面白かったのかは聞いていない。

もちろん、用事を手伝うことも大切だ。限られた時間では、それだけで精いっぱいの日もある。

毎回、ゆっくり話そうとしなくてもいい。

それでも、ときには用事のない時間を残せたらと思う。

食後、すぐに片づけ始めず、もう少し座っている。テレビを見ながら、最近のことを聞く。散歩に、少しだけ付き合う。

何かをしてあげる予定がなくても、一緒に過ごすことはできる。

その時間に、こちらが話を聞いてもらうこともあるかもしれない。

3.親になる前の、この人をどれくらい知っているだろう

長く一緒にいたから、よく知っている。

家族について、そんなふうに思うことがある。

でも、知っているのは、自分の親としての姿がほとんどかもしれない。

若い頃、どんな仕事をしたかったのか。休日には何をしていたのか。誰とよく会っていたのか。

聞いたことのない話が、意外と残っている。

昔の写真を見ていたら、知らない町で笑っている姿があった。何気なく尋ねると、こちらが生まれる前の話が始まった。

自分にも、親の知らない時間がある。同じように、親にも、子どもには見せてこなかった時間がある。

楽しかったことだけではないだろう。うまくいかなかった仕事や、選べなかった道もあったかもしれない。

だからといって、全部聞き出す必要はない。話したくないこともあるし、本人がもう覚えていないこともある。

人生の記録を完成させるようなつもりで、質問を並べなくていい。

「このとき、どこにいたの?」

一枚の写真から、そのくらい聞いてみる。

親としての言葉だと思っていたものが、一人の人が経験してきたこととして、少し違って聞こえるかもしれない。

4.近づくことだけが、大切にする方法ではない

親と過ごす時間が大切だと言われても、素直には受け取れない人もいるだろう。

会うと、昔のつらさを思い出す。自分の選択を否定される。距離を置いて、ようやく落ち着いて暮らせるようになった。

そうした関係まで、「後悔する前に」と近づけなくていい。

親子だからといって、安心して話せるとは限らない。長く離れていた事情も、外からはわからない。

時間に限りがあることを、自分を責める理由にしなくていい。

会う回数を増やすより、電話なら話せることもある。連絡する間隔を空けたほうが、穏やかに接することができる場合もある。

今は連絡を取らないことが、自分に必要な場合もあるだろう。

また、会いたくても、距離や費用、仕事、体調の事情で会えないこともある。

会った回数だけで、思っている気持ちを測らなくていい。

自分の暮らしを守りながら、どんな関わり方なら続けられるだろうか。

その答えは、人によって違っていていい。

5.「また今度」を、今できる小さな時間にする

親と会うことを考えると、まとまった休みや、旅行の予定を思い浮かべるかもしれない。

それもいい。ただ、大きな予定が整うまで、何もできないわけではない。

少しだけ電話する。見つけた写真を送る。近くまで行く日に、一緒に昼ごはんを食べる。

短い時間でも、今の声を聞ける。

こちらが忙しいときは、そのことを伝えていい。「今日は少しだけ」と言ってから話してもいい。

親の側にも予定がある。出かけたい日や、一人で過ごしたい時間があるかもしれない。

お互いの暮らしを確かめながら、持てる時間を探していく。

離れている間も、それぞれの時間は進んでいる。

前と同じ店まで歩けること。一緒に食事を楽しめること。昔の話を聞けること。

今できることが、いつまでも同じようにできるとは限らない。

でも、そのことを考えるたびに、寂しくならなければいけないわけではない。

今日は一緒に歩けた。好きなものを、おいしそうに食べていた。こちらの近況を話せた。

先の心配だけでなく、今日あったことも、そのまま受け取っておきたい。

同じ話を、今日は少し違って聞いた

食事のあと、親が昔の話を始める。

何度か聞いたことのある話だ。前なら、「それ、前にも聞いたよ」と言っていたかもしれない。

今日は、そのまま聞いている。

よく出てくる人の名前。楽しそうになるところ。いつも少し悔しそうに話すところ。

同じ話でも、こちらの年齢が変わると、違って聞こえることがある。

当時の親は、今の自分くらいだったのかもしれない。そう思うと、以前はわからなかった迷いも、少し想像できる。

特別なことはしていない。大切な言葉を交わしたわけでもない。

ただ、同じ食卓にいて、話を聞いた。

帰る支度をすると、「気をつけて」と言われる。こちらも、「また連絡する」と答える。

その短いやり取りを、今日は少し覚えておきたいと思った。

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