40代、仕事を頑張れなくなった|あの頃の自分に、戻らなければいけないのか
月曜の朝、以前なら少し楽しみだった会議が、今日は重い。
新しい計画も、自分に期待されている役割もわかる。できない仕事ではない。それでも、前のように気持ちが動かない。
昔はもっと頑張れた。頼まれるとうれしかったし、難しい仕事ほどやってみたかった。
その頃の自分を覚えているから、今の自分が頼りなく見える。
やる気を取り戻さなければ。そう思って本を開いても、途中で閉じてしまう。
そんなとき、昔の自分に戻ることだけを、答えにしなくてもいい。何が変わったのかを、今の自分の側から見てみたい。
頑張れない自分を、誰と比べているのだろう
職場の若い人を見て、焦ることがある。
ただ、本当に比べている相手は、十年前の自分だったりする。
残業しても翌朝には回復していた。新しい仕事を覚えるのが面白かった。少し無理をしても、その先に何かが待っている気がした。
あの頃はよかった。そう思うときには、当時の体力だけでなく、まだ知らなかったことの多さも思い出したい。
初めて任された仕事の喜びは、二度目には同じ形でやってこない。昇進の先にある責任や面倒も、今は知っている。
経験が増えた分、簡単には心が動かなくなった。それを全部、怠けた証拠にする必要はない。
以前と同じように頑張れないことと、今の自分に価値がないことは、別の話だ。
思い出の中の自分は、疲れた夜や、投げ出したくなった朝をあまり見せない。よく働いていた場面だけを相手に、今の一日全部を比べると、どうしても分が悪くなる。
疲れていることを、生き方の問題にしない
まず確かめたいのは、考え方より、今の生活だ。
十分に眠れているか。休みの日にも連絡が来ていないか。一人で引き受ける仕事が増え続けていないか。
人が辞めた分を補い、部下の相談を聞き、数字の責任も負う。その状態で、前と同じ意欲まで求められたら、ずいぶん厳しい。
疲れているときに「自分は何をしたいのか」と問い詰めても、答えは出にくい。今日は早く寝たい。それが今いちばん必要な希望であることもある。
体調や気分の変化が続き、暮らしに支障が出ているなら、医療機関などに相談してよい。人生の答えを出してからでなくていい。
仕事量を減らす相談も、担当の整理も、立派な対応だ。
消耗している自分に、もっとよい心構えを持たせることで、仕事の多さを埋め合わせなくていい。
今の環境が変わらないまま、自分だけを以前の状態に戻そうとすると、必要な手当てが後回しになってしまう。
欲しかったものが、変わったのだと思う
一方で、休んでも以前の情熱は戻らないことがある。
仕事が嫌いになったわけではない。ただ、かつて欲しかったものを、今も同じだけ欲しいとは思わない。
責任のある役職に就きたい。大きな仕事を動かしたい。自分の力を確かめたい。
そう願って頑張った時間には、意味があった。その結果、見られるようになった景色もある。
でも、今は夕食を急がず食べたい。休日に仕事を思い出さずにいたい。家に帰ってから、もうひとつ何かを楽しむ余力が欲しい。
望みが変わると、以前の目標は、自分を前へ押す力を失う。
そこで目標をもっと大きくしても、気持ちがついてこないことがある。欲しいものの種類が、変わっているからだ。
仕事のために生活を調整してきた人が、生活のために仕事を調整したくなる。それも、経験を重ねて生まれた希望のひとつだ。
頑張ることで、安心してきた
それでも、頑張る量を減らすのは怖い。
今まで頼られてきた。期待に応えてきた。「あの人に任せれば大丈夫」と思われることで、自分の居場所を確かめてきた。
そのやり方を変えると、手を抜いていると見られそうで落ち着かない。
自分でも、十分に働いたのか判断できず、疲れたという感覚だけを目安にしていたりする。へとへとになれば、今日はちゃんとやったと思える。
そうして安心してきたなら、余力が残る働き方には慣れていない。
けれど、帰宅後に元気が残っているのは、仕事が足りなかった証拠ではない。
決めた役割を果たし、必要なことを伝え、その日の仕事を終える。疲れ切らなくても、働いたことに変わりはない。
最初は、落ち着かなさが残る。それでも、余力を全部職場に返すのを少し待ってみる。その先で何に使いたいかは、帰ってから考えればいい。
仕事への情熱を、全部失ったとは限らない
仕事全体へのやる気を尋ねられると、もうあまりないと思う。
でも、一日の中を細かく見ると、少し違うこともある。
困っていた人に説明が伝わったときは、うれしい。散らかっていた手順を整理するのは、嫌いではない。長く使われた道具を直すと、少し気分がよい。
大きな計画への意欲は弱まっても、好きな関わり方は残っている。
それを、もう一度仕事に夢中になるための材料にしなくていい。次の役職につながらなくても、今の仕事に残したい部分として考えられる。
反対に、どこにも気持ちが向かないなら、無理に好きな部分を発掘しなくていい。今の環境から離れる必要がある場合もある。
仕事を全部好きでなくても、全部嫌いでなくても、働き方を変える理由はある。
仕事内容は好きだが量が多すぎる。役割は続けたいが、責任の範囲を狭めたい。そう整理できると、相談することも具体的になる。
今の自分が引き受けられる量を考える
これからも働く。その中で、何を残し、何を減らすか。
役職を続けるなら、担当する範囲を調整する。今の会社に残るなら、勤務時間や異動の可能性を確かめる。外の仕事も見るなら、条件だけでなく、日々をどんな調子で過ごせるかを聞く。
収入が減る選択には、生活費や家族との相談も必要になる。気持ちが変わっただけで、すぐ全部を動かせるわけではない。
それでも、難しいから考えないのと、難しさも含めて考えるのとでは、見える道が違ってくる。
以前の自分なら引き受けた仕事を、今は断る。前は気にならなかった条件を、今は大切にする。
その判断を、衰えの報告にしなくていい。
長く働いてきたからこそ、自分が無理をしたときの代償もわかる。どんな仕事なら続けられるかも、少しずつ見えてきている。
昔の意欲を取り戻すことより、その経験を次の毎日に使ってみたい。
恩があるからこそ、迷うこともある
今の会社で育ててもらった。苦しいときに助けてくれた人もいる。だから、以前ほど力を出せないことが、裏切りのように感じられる。
その感謝は、残しておいてよい。ただ、感謝の気持ちと、今の役割を同じ条件で続けられるかは、別に確かめたい。
無理を隠したまま引き受け続けると、最後には突然動けなくなることもある。続けられる範囲を早めに伝えるほうが、周りも次の形を考えやすい。
「何もしたくありません」ではなく、「この役割は続けたいですが、この範囲まで減らしたい」と話す。
相手がすぐ受け入れるとは限らない。期待していた人ほど、残念に思うこともある。その反応まで、全部なくしてから選ぶのは難しい。
誰かをがっかりさせたことだけで、自分の希望が間違っていたとは決まらない。
これまでの働きで、すでに返してきたものもある。世話になった記憶を、終わりのない借りにしないでいたい。
働き方を変えたあとにも、経験を伝えることや、引き継ぎを整えることはできる。感謝の表し方は、今と同じ量を働くことだけではない。
あの頃とは違う、一日の終わり
今日は、頼まれた仕事について、期限を相談した。
以前なら、そのまま引き受けて、夜に片づけていたと思う。少し気まずかったけれど、事情を伝えると、来週でよいことになった。
帰りの電車では、明日の資料を開かなかった。
窓の外を見ていると、まだ明るい。
仕事に燃えていた頃の自分も、確かに自分だった。あの時間まで否定することはない。
ただ、今日の自分には、今日の望みがある。
駅前で買い物をして帰ろうと思う。少し手間のかかるものを、つくってみてもよい。
前より頑張れなかった一日にも、こうして使える元気が残っている。
